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それぞれのサクラ、花吹雪

亡くなった奥様の写真を車椅子に乗せ、満開のサクラを見せに、隅田公園を訪れた優しいご主人。

柔らかな日差しに包まれ、花見客でにぎわう隅田公園。

いたるところで宴会自粛の貼紙がにらみを利かせていて、さすがにブルーシートを広げた団体はいない。が、6、7人のグループ宴会はちらほら見かけた。新聞紙を広げるぐらいは大丈夫なんだよ、ともっともらしいことを喋りながら酒を酌み交わしている。 

サクラを静かに見上げる若いカップル、スカイツリーとサクラを収めようと苦心しているアマチュアカメラマン、隅田川の川辺テラスで弁当を広げる老夫婦。みんなそれぞれのやり方で花見を楽しんでいる。でも例年の”はしゃいだ感”は影を潜めている。それでふと思い出した。

 数年前、サクラの前にポツンと車椅子を置いて写真を撮っていた男性がいた。車椅子には誰も座っておらず、額に入った1枚の写真が置かれていた。その写真に引き付けられ、思わず声をかけた。

「あのー、すいません。そのお写真の方は奥さまですか?」

「ええ、そうです。毎年ここでサクラを見てたもんで、今年も見せてやろうと思ってね」

「あのー、奥様は?」

「去年亡くなりました。女房には本当に苦労かけっぱなしで、リタイアしてからはその分を返そうと思ってね。数年前に大病して車椅子になっても車でいろんな場所に出かけたんです」

車椅子に置かれた写真のお二人は、じつに仲睦まじく、優しい笑顔を見せている。

「これから千鳥ヶ淵に向かいます。女房はサクラを見るのが本当に好きでしたから」

無人の車椅子を押しながら駐車場へとゆっくり下る、その後ろ姿を花吹雪が追いかけていく。また今年も会えるだろうか。(邦彦)

コメント: 6
  • #6

    深川 和郎 (日曜日, 05 4月 2020 10:41)

    心がなくならない限り一緒に桜を観れるような気がします。

  • #5

    渡辺(あ) (金曜日, 03 4月 2020 15:03)

    うちの近所(川崎市)では禁止、とまで書かれていませんでしたが、それでも桜の名所である公園でシートを広げている人は皆無。
    来年は、みなで桜の下で笑って思い出話にできるようにしたいです。
    この方は、どうされているかな。会うことができたらその後のルポをお待ちしております。

  • #4

    AKKO (日曜日, 29 3月 2020 13:06)

    100日で死ぬワニも連載が終わり、小池さんの会見があり、久々の雪と桜を窓から眺めながら人の命について考える。
    滅入りがちな毎日だけど、心が温かくなりました。
    ステキな写真をありがとう!

  • #3

    Hisako (金曜日, 27 3月 2020 21:45)

    春は生命の息吹を感じる季節でもあるけれど、逆に春を迎えられなかった命もあったことを、あらためて感じる季節でもありますよね。
    美しい花吹雪と重なって、切ない。

  • #2

    野川文吾 (木曜日, 26 3月 2020 09:20)

    コロナ災禍で不安なときに、心温まるお話しありがとう。
    亡き妻とともに、静かに、穏やかに桜を見る時間。
    人の一生を思います。

  • #1

    森川知治 (水曜日, 25 3月 2020 21:33)

    日本は志村けんがコロナで重症。
    イギリス、チャールズ皇太子も感染らしいね。
    東京はロックダウンの可能性も出てきた。

    でも、2020東京オリンピック開催におよそ1年延期の期限を切った水面下には
    アスリートファーストや世界経済への懸念解消という考えもあるけど、ワクチン、治療薬の開発が現実化できそうな一面もあると思う。
    2020東京オリンピックが新型コロナに打ち勝った証として開催されて成功することが、この戦いに勝つ
    最大の作戦かもしれんね!
    奥様の写真を乗せた車椅子を押すこの人にも、来年の桜は満開でありますように。